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国登録記念物(遺跡関係)
穂積橋
穂積橋は、史跡宇和島城の東を北に流れたのちに西に折り返して宇和島湾に流れる二級河川辰野川に架橋されている橋である。宇和島城天守から北東約五〇〇m。その構造はRC桁橋となり、長さ九・一m、幅七・三mを計り、昭和五(一九三〇)年に架橋されたものである。この橋の特徴は、構造や形状などにあるのではなく、その由来によるものである。宇和島出身で「法学の祖」、「民法の父」と称された明治大正期の法学者『穂積陳重(参照穂積兄弟の生家跡)』の遺志にそい、名づけられた橋という点にその価値を見出すものである。その由来は橋梁南東側の欄干親柱横の昭和五年建立碑の中に見ることが出来る。
彼の没後、県道松山宇和島線中の木橋であった本開橋の架け替え時に、県の許可を受けて市が「穂積橋」としたのである。なお、橋梁工事は昭和四年一〇月着工、昭和五年二月竣工、開通式は昭和五年四月一四日、陳重関係者・県知事・市長など一二〇名ほどが参集、盛大に執り行われた。