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吉田の偉人について

印刷用ページを表示する 記事ID:0062499 更新日:2021年5月21日更新

吉田町出身の偉人を紹介します。

村井 保固 (むらい やすかた)

嘉永7年~昭和11年(1854~1936)実業家・社会事業家

現吉田町御舟手で吉田藩士林虎一の次男として生まれた。明治2年、村井家の養子となり、明治3年、保固と改名した。明治10年、慶応義塾に入り、福沢諭吉を生涯の師とした。福沢の斡旋により貿易商社森村組に入社して渡米、以後太平洋を横断する事90回に及んだ。明治19年、アメリカ人キャロラインと結婚、明治37年1月、大倉孫兵衛らと森村組を基幹とした日本陶器会社を創立。ニューヨーク支店長として純白硬質磁器の輸出で実績を上げた。大正6年洗礼を受け、正式にクリスチャンとなる。大正11年に私財50万円を投じて財団法人村井保固実業奨励会を組織し育英慈善事業を開始。大正15年、吉田町内に幼稚園を設け、吉田病院設立にも資金援助を行っている。昭和10年、病床にありながら20万円の資金をもとに財団法人村井保固愛郷会をつくり、郷土の育英・社会事業に努めた。昭和11年2月没。墓は吉田町の海蔵寺とニューヨークブロンクス区のウッドローン墓地にある。

「吉田町史 下巻」「吉田町史 昭和・平成30年のあゆみ」より一部改変の上引用

 

簡野道明(かんの みちあき)

慶応元年~昭和13年(1865年 ~1938年) 学者

慶応元年、吉田藩士の長男として生まれた。愛媛県師範学校を首席で卒業し、7年間教鞭をとり校長にまでなったが、向学心を抑えきれず、明治25年 妻を伴い上京。苦しい生活に耐え、30歳で東京高等師範学校国語漢文専修科に入学した。卒業後、東京高等師範学校、東京女子高等師範学校の教壇に立つかたわら、教科書の編纂に当たった。俗字や略字は一切使わない正字のみで正確に書いたため、現在、正字による漢文の教材は道明のものしか手に入らない。また字義の大切さを痛感した道明は50歳を前に教職を辞し、漢和辞典の著述に専念。大正12年『字源』という漢和辞典をまとめあげた。 同書は300版以上増刷され、漢学の普及に寄与した。道明は『字源』刊行後も精力的に執筆活動を行い、著作に専念するため東京・蒲田へ広大な別荘「間雲荘」を建て、73歳で死去するまでここに住んだ。信衛夫人は隣接して蒲田女子高等学校を設立。故郷には道明の著書、蔵書に添えて寄付をしたことから図書館が開設された。現在の市立簡野道明記念吉田町図書館である。

宇和島城城山郷土館 展示パネルより一部改変の上引用

清家 吉次郎 (せいけ きちじろう)

慶応2年~昭和9年(1866~1934)政治家

宇和郡喜佐方村河内(現吉田町河内)に生まれた。小学校訓導、校長を経て、愛媛県議会議員(うち議長職を3回)、吉田町長を務める。実業家村井保固や山下亀三郎の援助を受け、吉田病院、吉田中学(現愛媛県立吉田高等学校)の創設、吉田港の改修、複式農業の奨励等、当時の他町村に見られない広い視野を持った先進的な町経営を実行し、教育・衛生医療・交通・勧業など、吉田町の発展に力を注いだ。町長在職中、昭和5年と7年の2回衆議院議員に当選。7年、軍部のクーデター未遂事件である5・15事件直後の臨時議会で荒木貞夫陸相に対して論戦を挑み一躍有名となる。昭和9年1月、国会の開院式に臨んだが体調の悪化により帰郷、まもなく息を引き取った。

「吉田町史 下巻」「吉田町史 昭和・平成30年のあゆみ」より一部改変の上引用

山下 亀三郎 (やました かめさぶろう)

慶応3年~昭和19年(1867~1944)実業家

宇和郡喜佐方村河内(現吉田町河内)の庄屋の四男として生まれた。明治15年、15歳で上京、明治法律学校に学び、明治31年、石炭販売業を始めた。明治35年、汽船喜佐方丸を購入し海運業を興す。日露戦争で巨万の富を得るが、株式の暴落で全てを失い、東京に出て再起を図った。明治44年、山下汽船会社を創立。第1次世界大戦の好景気によって事業を大きく飛躍させ、中国、北米、南米、オーストラリア、ヨーロッパ、東南アジアに支店を持ち、代理店の数は国内外260余カ所を数えたという。昭和15年の最盛期には持船60隻を運航し、日本郵船・大阪商船に次ぐ大手の地位を確保、第2次世界大戦中は、東条・小磯内閣の参議として政界・軍部にも影響力を持った。私財を投じて教育の発展や公共事業にも尽くし、第一・第二山下実科高等女学校(現愛媛県立吉田高等学校、愛媛県立宇和高等学校三瓶分校)や、財団法人山水育英会 (敗戦により解散、現財団法人桐朋学園)の創設をはじめ、小学校、図書館、集会所や橋の建設、喜佐方トンネル掘削等に尽くした。昭和19年12月没。吉田町にある桜橋の北側に、吉田茂首相の題字による「山下亀三郎翁像」が建てられている。

「吉田町史 下巻」「吉田町史 昭和・平成30年のあゆみ」より一部改変の上引用

 


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