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県指定 篠山山形模型

印刷用ページを表示する 記事ID:0029395 更新日:2018年11月8日更新

県指定有形文化財(歴史資料)山形模型

篠山山形模型

  • 所在地 御殿町(伊達博物館)
  • 所有者 多賀神社
  • 指定日 平成二四年二月二一日

 多賀神社に伝来する「篠山山形模型」は、これまで、確証の得られないまま江戸時代の初めに起きた篠山を中心とした宇和島藩と土佐藩の国境争いの際に作られた模型とされていた。平成一八年度から二〇年度にかけて、宇和島市教育委員会で調査した結果、この模型には四〇余りの地名などの書き入れがあり、これらの書入れの確認作業の中、正木地区をかたどった部分の論所(訴訟部位名称となった地)となった尾根に、宇和島側の呼称である「おつゝミの尾」という地名が書きこまれていたことを発見した。このことからこの模型製作は宇和島藩側である確証を得た(尚、土佐側ではこの地を「おつむきが尾」と称していた)。またこれは県内に伝来する国境争いの模型では最古の歴史資料であるという評価を得られた。その歴史性と希少性をもって愛媛県指定の有形文化財となった。
 本資料の概要としては長軸一一四・五cm、短軸六七・一cmの杉材が用いられた木製で、だぼつなぎで三つのパーツ(下記参照)が結合されている。三つのパーツは、論所となった部分A:愛南町正木地区(二・八kg)、部分B:篠山山頂(四・六kg)、部分C:宇和島市槙川地区(六・四kg)に分割される。また裏面はくり抜かれ、運搬の便宜をはかるため、軽量化が図られている。
 精度については、模型全体(七二〇〇分の一)と山頂部(全体の二〜五倍)が異なる変則的な縮尺が用いら山頂付近れており、幕府への説明の際、細かな地形が要求される山頂部と山麓部とをバランスをとりながら意図的に製作した結果だと考えており、当時の宇和島藩の測量や模型製作技術の高さを感じさせる貴重な歴史資料である。
 また愛南町には篠山を中心に描いた「篠山絵図」(愛南町指定文化財)が伝わっており、絵図の描写は模型のそれと酷似し、地名や寺社名の内容や位置のほとんどが模型と一致している。かつ正木地区で論所となった尾根筋に宇和島藩側が主張する「おつゝミの尾」が記されている。これらのことから、この絵図も国境争い並びに「篠山山形模型」と関連をもって製作されたとものと推察される。

山頂に書き込まれた地名(加工画像)
左から遍路屋・観音堂・寺


文化的景観
埋蔵文化財