本文
市指定無形民俗文化財
河内口説
口説というのは、伝統的な音楽(民謡など)で語りの部分、又は語るような調子をいう。それらは民謡に影響して口説節となり、各地の盆踊り唄にうたい継がれている。一般に、「踊口説」といわれているが、多くは叙事的歌謡を取り入れたものである。
河内口説は、今からおよそ二五〇年前より伝えられており、初盆の新仏をとむらうため新仏の家で行われていた。また、豊作祈願に盆踊りで、奉納踊りとして八月一四日に大師堂(河内上)でも催されていた。
現在は、新仏の家では語られていないが、喜佐方地区盆踊りと大師堂で期日を合わせて実施している。踊り手は、戦前から青年団が中心となり行っていたが、戦後衰えていった。昭和四六年頃、地区の有志により復活し、同四九年、保存会が結成され現在に至っている。
口説きの音頭、形態等は、保存会の後継者育成により正確に伝えられている。ビデオ録画されたものも使い、盆踊りの一週間程前から、師匠役が中心となって練習している。
踊りは二人のものから四人までに分かれるが、二〇以上の多くの場面をこなすので、踊り手の総勢は小学生から老人まで六四名にものぼる。唄や太鼓に携わる者も二〇名となる。
踊りの内容は、源平の合戦で熊谷次郎が平敦盛を討つ場面の「熊谷敦盛」、忠臣蔵の一節「山崎街道」、「曽我兄弟」、「志賀団七」、「鞍馬下り」など、浄瑠璃や歌舞伎の一場面を踏襲したものが多い。
多くの踊りを、踊り手の人数にわけ、その外題を列記すると次の通りである。
少子高齢化の進行に伴い、後継者の育成や継承のための諸活動が難しい現状となっている。そのため、将来が危惧される点で、保存会は他の民俗芸能と同様の悩みをかかえている。