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市指定 お伊勢踊り

印刷用ページを表示する掲載日:2015年7月1日更新

市指定無形民俗文化財

下波結出地区のお伊勢踊りお伊勢踊り

  • 所在地 下波 結出、戸島 本浦・美砂子 
  • 所有者 下波地区・戸島地区
  • 指定日 昭和五二年一一月三日

お伊勢山田の神祭り
 むくり(蒙古)こくり(高句麗)をたいらげて
 神代君代の国ぐにの
 千里の末の人までも
 詣る(り)下向のめでたさよ
    (下波のお伊勢踊りの歌詞)

 もと南予のどの村にも、伊勢神宮ゆかりの神明神社が建てられ、この歌のお伊勢踊りが、その祭礼に踊られていた。

 現在、お伊勢踊りは、市内で石応・白浜・九島百之浦・遊子番匠に伝承されているが、市指定の無形民俗文化財は下波と戸島のものである。下波地区結出にある神明神社の秋祭は九月一六日。下波地区六浦の青年団が年毎に輪番で担当して主催、豊漁祈願にお伊勢踊りを奉納する。小学生男子が稚児風に女装して、左手に舞い扇、右手に御幣を持ち、飾りのついた花笠をかぶり、太鼓・三味線の伴奏・歌にあわせて踊る。この踊りは、一五日の夜、一六日の朝と夜にわたって、計一二クサリ(ひとクサリとは、前掲の歌詞一番から八番までをとおして踊ること)を長時間かけて、踊るのである。

 一方、戸島本浦・美砂子のお伊勢踊りは、三月一一日の大神宮の春祭りに、氏神(天満神社)と大神宮の社前で踊られる。小学六年生までの幼児・児童(男子)全員が、法被を着、美しい花房のついた笠をかぶり、手に御幣とサカキの小枝をもって、太鼓に合わせて歌いながら踊る。戸島の歌詞は七節。 

戸島地区のお伊勢踊り 戸島の踊りは、下波のそれが歌舞伎踊り風のきらびやかさをともなうのに比して、単純・素朴な芸態を伝えている。

 近世のお伊勢踊りは江戸初期、伊勢から全国に波及し流行した。宇和島藩へは元和・寛永のころ(一六二〇年代前後)、土佐の国から伝播したものといわれ、藩の命令もあって、各村には神明神社が建立され、二月一日の「二月入り」にこぞってお伊勢踊りが行われた。

 八幡浜市穴井の長命講(五〇歳以上の老人)による伊勢踊りは、近世初期の古風な姿を伝えているといわれるが、宇和島市内の踊りは、ほとんど雅児風に扮した子供たちの踊りで、いたって単純化され、単調な芸態である。下波の踊りのみ、単調な芸態ながら、みやびな風流踊り的なものに変化しているものと思われる。

 いずれにしても、お伊勢踊りは、江戸時代以来の、宇和島における伊勢信仰にかかわる貴重な民俗文化財といえる。