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県指定無形民俗文化財
花踊り
この踊りは、旧八朔(現在は九月一日)に、曽根の天満神社境内で行われる。高知県西部から南予地方に伝承されている太刀踊りの系統で、風流綾踊りの一種である。
ただ、土佐では戦勝から豊作祈願の念が強く「太刀踊り」と称するのに対し、伊予では豊作のお礼踊りと追善供養、厄除け祈願の護願解きといわれ、一般に「はなとり踊り」といわれる。
この踊りは、天正(一五七三~九二)の昔、土佐の長宗我部元親に亡ぼされた歯長城主の霊を慰めるために始められたといわれ、「鼻取り踊り」から「花踊り」に改名、今は、「天神花踊り」といっている。
構成は、口説き手が数名、大太鼓一、締太鼓一、踊り手は、大太刀五名、小太刀四名、鎌二〇名程度で少年と青年があたる。最近では、少子化により踊り手の確保に腐心している。特に、大太鼓一は幼稚園児の出演となっている。
演目は一四種目あるが、太刀を長柄にし、これに白紙の「紙垂」を付け、剛と柔とを織りなす美しさを見所としている。踊りに使用する太刀は真剣で、舞台の一角に張られた注連縄を断ち切る豪快さをもっている。
一四種目の演題は、先ず太刀踊りの部では、一さきだち、二さしあい、三くるま、四もんじり、五きりあげ、六わきばさみ、七みとうしきなど。
次に、鎌も加わった鎌踊りの部では、八さしあい、九くるま、一〇もんじり、一一わりかま、一二とりおい、一三さしあいなど。
この鎌を用いた踊りは、戦国時代土佐武士の太刀に対して、在所の農民が鎌をもって共々に踊ったことを物語っている。
最後は、太刀踊りで一四ひきは、で終了となる。
多くの俚謡は、都々逸調で人の口に親しみ易いものである。しかし、この天神花踊りの節まわしは、戦国時代直後に流行した隆達節または、催馬楽(平安時代)に近いといわれ、囃子言葉などを織り込みながら歌うので、難しい。
尚、非業に倒れた歯長城主の怨念を恐れて歯長山の見える場所では一切踊らず、今でもこの禁忌は守られている。
昭和六〇年、天満神社境内に、伝承四〇〇年の記念碑が建てられた。