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市指定天然記念物
黒柿
宇和島市街地の東部を流れる辰野川沿いには寺が多い。黒柿は潮音寺、選仏寺、西江寺の並ぶこの河畔に生えている。
昭和二三年四月五日の日刊新聞(南海タイムス)によると、「川辺の水車小屋があったところのすぐ上側に、五本の黒柿が静かにたたずんでいる(松本リン一)」とある。
大正六年頃書かれた『郷土の史跡名勝天然記念物』というプリントには、「七本の黒柿があり、所有者は北宇和郡宇和島町」と記されている。
この黒柿、もとは七本であったが、昭和二〇年代の台風でそのうちの二本が倒れ、現在は五本が残っている。これらのうち最大のものは、幹回り一九四cm、高さ一五mである。
これらの黒柿は江戸時代、山林監督の役人が植えたという説、さらに、小笠原兼助の父の植樹とも伝えられているが定かではない。
カキ(柿)の仲間で、黒くて硬い心材のものを、古くから黒柿と呼んでいる。辰野川べりの黒柿はカキノキ科のリュウキュウマメガキ(琉球豆柿)で、樹皮は普通の柿に比べ黒みがかっている。この柿は暖地の山間部に自生する落葉高木である。宇和島市の山間部にも生えているが個体数は極めて少ない。分布は本州(関東以西)・四国・九州・沖縄・中国中南部・台湾である。
宇和島地方にはこれに近縁のトキワガキ(常盤柿)も分布しており、これは常緑高木である。
黒柿(琉球豆柿)は六月頃、黄白色の小花を多数つける。雌雄異株で、雌株は球形の果実(直径約二cm)を結ぶ。この果実は渋いので食用にはならないが、柿渋は、網、釣り糸、和紙などの塗布に、用途が広い。材は非常に硬く、器具用、建築用として珍重される。
辰野川べりの黒柿周辺には雑木や種々の植物が地面を覆っている。アラカシ・ムクノキ・アカメガシワなどの広葉樹、メダケ・ホウライチク・オカメザサなどの竹類が勢力を張る。クズ・ヤブガラシ・ツヅラフジがいたるところに長いつるをからませ、ときに黒柿の幹に巻きつくものもある。
黒柿(琉球豆柿)は、愛媛県下では非常に珍しい。天然記念物のものは宇和島市以外に西予市城川町魚成にある。これは一本の黒柿で、西予市で文化財に指定され、個人の所有である。本種も川べりに生えており、つねに水害の恐怖にさらされている。
宇和島市内辰野川べりの「五本の黒柿」は、他に類を見ない貴重な価値ある存在である。