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市指定 龍華山庭園

印刷用ページを表示する掲載日:2015年7月1日更新

市指定記念物(名勝)

龍華山庭園龍華山庭園

  • 所在地 野川
  • 所有者 龍華山等覚寺
  • 指定日 昭和四五年二月一〇日

 この寺院は藩祖伊達秀宗により元和四(一六一八)年に生母龍泉寺殿を弔うために光天和尚を招いて創建したもので始めは白雲山龍泉寺と号した。万治元(一六五八)年秀宗の墓所となってから、その法名をとって浄妙山等覚寺と改め、さらに安永七(一七七八)年に山号を龍華山と改称したものである。

 書院裏のこの庭園は、開山当時に作庭されたものと推測され、護岸の一部は江戸末期に改造されたものという。庭園史では桃山時代に属し、石組の豪快優美なところは同時代の特色を表したものである。園の中ほどに当たる芝地の北東端に心字池を設け正面に築山を設けた絵画的な構図を持つ優美な池泉観賞式庭園である。

 明るく縮景風の築山中央に二筋の枯峪をつくり左側(北側)の峪の源流には三個の立石が組まれ、下流に雄滝を設け、その上に左高右低の「玉澗流」と呼ばれる石橋を架け、傍に雄勁な陽石が屹立する。右側の峪は短く組まれ、その下流にも雌滝があり、ここにも峪に左高右低の同石橋を架けている。これら二組の「玉澗流」石組は左高右低の斜線構図を美的に強調している。また、雄滝組は大きい色石を混ぜて縦に使い峻険で力強く見せ、雌滝は挽臼状の陰石を滝石とし、上面が凹み常に水をたたえて潤いと恥じらいを見せている。また、前後の石も丸身の石を低く組んで柔らかさと温かさを演じている。

 両滝が落ち込む心字池は、幅広く掘られ、現在は少量の泉水であるが、峪の出合部は比較的巨大な光沢のある石を豊富に使って雄大な岩場とし、手前護岸は頭を揃え石を低く組んで構築され、対岸へは薄い石橋が一つ架かっている。

 手前岸畔には巨大な赤味をおびた礼拝石が置かれこれより飛石を打って園路を巡らせている。

 築山の植栽は実に石と調和しているが、特に正面中央にある二株のソテツは洋風で明るい空間を醸し、雌滝を優しく囲んでいる。また、すぐ背後にある借景シイ林が屏風となって園の輪郭を引き立てている。

 本園は中国南宋時代の禅僧芬玉澗の描いた滝の上に橋を設ける三段滝図「玉澗流」作庭が表現され見るべきものが多い。