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令和8年度 華宵の部屋
(企画趣旨)
今年2026年は、華宵の没後60年になります。それを記念して、華宵の故郷・宇和島の方々に、改めて華宵の作品世界や生涯について知っていただきたく、大人から子どもまで楽しめる内容の展示を企画しました。
1888(明治21)年4月6日、華宵は宇和島裡町(現在の宇和島市中央町)で、小間物商の次男として生まれました(8人兄弟の3番目)。母親の影響で幼い頃から絵を描くことに興味を持ち、特に宇和島の祭礼については各地区の出し物をスケッチに残しています。
高等小学校を卒業すると、14歳で大阪の平井直水の画塾に入り、本格的に日本画の勉強を始めます。その後、京都市立美術工芸学校や関西美術院などで日本画と洋画を学びました。その後紆余曲折を経て、明治44年から津村順天堂(現(株)ツムラ)の婦人漢方薬「中将湯」の広告を描いて注目され、大正時代に入っては雑誌や新聞の挿絵や表紙絵などを描き、全国津々浦々までに名前を知られる挿絵画家となりました。
華宵が得意としたのはモダンなファッションに身を包んだ美しい女性や少女、凛々しく純粋で中性的な少年などです。華宵の作品は大正時代の人々の憧れのまとなり、華宵の妖艶で都会的な作品世界を意味する「華宵好み」という言葉が使われたほどでした。
展覧会では、高畠華宵の生涯を改めてご紹介しながら、華宵が描いた大正の「美少年」「美少女」像を展示します。そしてこれらのイメージが時代を経てどのように受け継がれているかについても、考察していきます。
宇和島が誇れる大正ロマンの画家・高畠華宵の世界を、じっくりとご堪能ください。
(高畠華宵大正ロマン館)
