本文
昭和49年6月16日、宇和島市立伊達博物館が開館しました。しかし、博物館の扉が開く約2年前、博物館誕生のものがたりはすでに始まっていました。
きっかけは、昭和47年の宇和島市制50周年記念事業です。博物館の完成までには、市民各層代表によってつくられた建設委員会の熱い思いがあり、
その思いの実現には、宇和島伊達家12代伊達宗禮氏の理解と、宇和島伊達文化保存会の協力が不可欠でした。
関係者の思いが結実し、宇和島伊達家に伝来するさまざまな文化財を後世に伝承するため、そして歴史の町として伝統を重んじながら、豊かな人間性を育むために、伊達博物館が建設されたのです。

(オープン当時の伊達博物館)
慶長20年(1615)、この地に宇和島藩祖伊達秀宗が入部しました。
秀宗は、「独眼竜」の異名で知られる仙台藩祖伊達政宗の長男です。秀宗から9代宗徳まで、伊達家歴代藩主が宇和島の地を治めていました。
宇和島伊達家には、大名家の威光が感じられる伊達家の貴重な資料が数多く受け継がれてきました。現在、伊達家伝来資料の多くは、宇和島伊達文化保存会が所蔵しています。
国の重要文化財に指定されている豊臣秀吉像をはじめ、7代藩主伊達宗紀所用の大鎧、9代藩主宗徳夫人佳姫の女乗物など多岐にわたります。
武家を象徴する刀剣類や甲冑、歴代藩主直筆の書や狩野派絵師による絵画作品など、伊達博物館は伊達文化の秘宝を間近に鑑賞できる希少な博物館です。
ところで、博物館で所蔵する資料を「館蔵品」と呼びますが、伊達博物館の館蔵品第1号が何かご存じでしょうか?
記念すべき第1号は、毎年春の節句に展示しているひな人形「有職雛(ゆうそくびな)」です。
(有職雛 宇和島市立伊達博物館蔵)
この有職雛が伊達博物館に寄贈された経緯について、初代館長冨永徹氏が回想しています。
開館を1ヶ月後に控えた昭和49年5月の初旬、宝酒造の当時社長大宮隆氏が先代庫吉(くらきち)氏の墓参りのため、京都から宇和島へ帰省されました。
その際、オープン前の博物館に立ち寄った大宮氏と冨永館長の間で、博物館の開館記念として大宮庫吉夫人が所蔵する有職雛を寄贈するお話が持ち上がったそうです。
とんとん拍子に決まった有職雛の寄贈。ダテハクにひな人形が届けられたのは、オープン直前の6月14日だったそうです。
(参考:昭和63年6月8日発行夕刊宇和島日日「回想録 残照(7)」)
(有職雛より 内裏雛 宇和島市立伊達博物館蔵)