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宇和島藩は、9代藩主伊達宗徳の在任中に明治維新を迎えました。
伊達宗徳【天保元年~明治38年(1830~1905)】は、 7代藩主宗紀の3男として生まれ、その後、8代藩主宗城の養嗣子となりました。宗城が隠居した後は宇和島藩9代藩主となり、明治維新を迎えました。75年の人生の、ほぼ前半を江戸期、後半を明治期に生きたことになります。
本展では、宗徳の正室・佳姫の婚礼調度や、幕末維新期から明治にかけての宇和島を巡る政治・外交状況に関する資料、また明治以降のくらしの移り変わり、明治期を生きた宗徳の二女・北白川宮妃富子や旧宇和島藩士族に関する資料を展示します。
宗徳が生きた「江戸」と「明治」という時代、また、その時代を生きた人々を見つめます。
江戸時代、大名の婚礼は、家と家との繁がりを強固にするもので、婚礼の際に持参する婚礼調度は、大名家の格式を示していました。 伊達宗徳に嫁いだ久保田藩佐竹家の佳姫の婚礼調度は、散逸も少なく、約130点が伝来しています。
第1展示室では、多岐に及ぶ佳姫婚礼調度の中から、書に関する調度、香に関する調度などを展示します。美術工芸品としての見事さと、そこに込められた美意識を探るとともに、使いやすい工夫もなされた機能性についても紹介いたします。




宗徳が後半生を生きた明治という時代は、政治体制だけでなく、様々な制度や生活様式が激変しました。 しかし、実際の人々の生活習慣の中には、ゆるやかに変化したものもあります。また、明治期に活躍した宇和島出身の末広鉄腸や鈴村譲などは、藩校・明倫館で学んでいました。江戸から明治は、必ずしも断絶・分断された訳ではなく、人々の習慣や知識・教養が、受け継がれていった側面もありました。
第3展示室では、江戸時代の風習を示す資料、明治期の宇和島の建造物に関わる資料、期日などが変わりつつも受け継がれている宇和津彦神社祭礼に関する資料を展示します。
また、明治期を生きた人物のなかから、伊達宗徳の二女・北白川宮妃富子、旧宇和島士族の出身者から末広鉄腸と鈴村譲を紹介します。

※ボンボニエールは2回に分けて展示します
(前期:9月5日~11月9日 後期:11月11日~令和9年1月18日)

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