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宇和島城(城山)について

印刷用ページを表示する掲載日:2015年7月1日更新

自然とともにある城

宇和島城天守井戸丸石垣

  ”伊達十万石の城下町”と呼ばれ、江戸時代から四国西南地域の中心として発展してきた宇和島市は、日本屈指のリアス式海岸地帯にあります。城はその最深部、現市街地のほぼ中央にあり、慶長元~6年(1596~1601)の藤堂高虎創建時には大半が海に面する地形を巧みに活かした縄張となっていました。石垣や天守、矢倉は、元和元年(1615)に入部した伊達家により修築されていきますが、基本的な城構えは高虎時代のものを引き継いでいます。

現在、堀はすべて埋められ、三之丸をはじめ総郭部分約28万平方メートルは失われてしまいましたが、本丸・二之丸などの郭を含む約10万平方メートルの城山は、国史跡(昭和12年)に、現存12天守の1つに数えられる天守は国重要文化財(昭和9年)、そして南側登城口城門の上り立ち門は市指定文化財(昭和38年)に指定されています。

 また城山には450種の草木がうっそうと生い茂り、苔むした石垣群と織り成す幽玄の美の世界は、一見の価値があります。

城山まっぷ

正徳元年(1711)の絵図や調査成果をもとに作成したものです。

 城山まっぷ
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お城下まっぷ

 安政・文久頃(幕末)の絵図や現在の市街図をもとに作成 したものです。

  お城下マップ
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