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美術館・記念館 井関邦三郎を知る

印刷用ページを表示する掲載日:2015年10月1日更新

記念館 井関邦三郎を知る

井関邦三郎について

 
井関邦三郎

井関邦三郎

1899年(明治23年)生まれ

北宇和郡三間村(現宇和島市三間町)出身

 

邦三郎の経営の考え方

  「私は機械を作る上において一つの信念をもってまいりました。
  それは『使う身になって造る』ということです。
  この方針で研究には常に意を注ぎ、より優秀で、より低廉にと心がけているのです。
  商売をするには、どうしてもこういった心構えが大切で、そこに信念が生まれ、事業の
  発展が約束されているのではないかと思います。」

           邦三郎生家

 

邦三郎と井関農機

 当初、郷里で大野式除草機の販売を始めていましたが、後に高性能の全自動籾すり機
の製造・販売を松山で開始し、井関農機の基礎を造りました。
 戦後の農業機械化ブームにのって、耕耘機・コンバイン・トラクタ・田植機を次々に開発し
て井関農機を我が国を代表する総合農機メーカーに育て上げました。

 愛媛県工業クラブ会長・松山市商工会議所会頭・愛媛県経営者協会会長・済美学園理事
長などを歴任し、地域の発展に貢献しました。
 その他、萬翠荘の菊花展・バラ展や囲碁の普及にも尽力しました。

 故郷に対する支援も惜しまなかった邦三郎。
 宇和島市三間支所には胸像、務田公民館には記念碑が建立され、功績が語り継がれて
います。

 紫綬褒章・紺綬褒章・愛媛県教育文化賞らに加え、勲三等旭日中綬章を授賞、没後従四
位に叙せられました。昭和44年には、三間町初の名誉町民となりました。

               邦三郎写真