白浦の自然に魅せられて
西村夫妻は奥様が白浦出身、ご主人は横浜出身。
となれば、今回の移住は、奥様の意向が強く働いたのかと思えば、そうでもない様子。
生まれも育ちもずっと横浜で都会暮らしをしていたご主人。白浦へは、ご家族で親戚を訪ねて来たのが初めてだったという。40歳のころというから、24年ほど前の話。
「時間の感覚が違う。」「空気が違う。」
そのときに受けた強い印象が政明さんの頭の中にずっとあったという。
ご主人はずっとサラリーマンとして働いていたが、“会社勤めは55まで”と心に決めていたそうだ。その年齢が近づくにつれ、白浦で受けたその印象が頭の中で膨らんできた。
そして、いよいよその年齢を迎えた平成11年。長年考えてきた移住計画が実行に移されるときだ。

お試し移住1年間
しかし、慎重な西村家。ここで冷静に考えた。
「今まではお客さんとして観光気分で来ていた。観光と住むのとでは違うはず。まずは試しに1年住んでみて判断してみよう。」
いったん気持ちが決まればすぐに実行に移したくなるのが、人の常というもの。しかし、ここで立ち止まり、ワンクッション置いた判断が、後々活きることとなる。
というわけで西村さんは吉田町の東小路にマンションを借りた。夫婦揃ってではなく、まずは、ご主人が単身で試しに住んでみることにしたそうな。
横浜時代はあまり乗らなかったという車に乗り、そこから事前に見つけておいた柿原の職業訓練校木工科に1年間通う学園ライフを楽しまれたそう。
柿原の県立職業訓練校は以前ご紹介した「毛利さん」も通われたところ。なかなかの人気のようである。
単身の学校生活も楽しく過ごし、順調に1年を経過した平成12年の春。「いざ、本格的に・・・」と思ったとき、ここで一つの問題が・・・。ご母堂の看病のため、一時横浜へ戻らなくてはならなくなったのだ。
もし、いきなりみんな揃って移り住んでいたら、どうなっていただろう。西村一家の賢明な判断がここで活きたようだ。
そんなこともあって、それから4年が過ぎ、還暦を迎えた平成16年。新居も建て、ついに本格的な吉田町生活が始まることとなる。

こちらが白浦の新居。ヨットの舵が飾られたリビング

リビングの上は吹き抜け。天井を張らないのがこだわり。

野菜と魚が旨い!
ちょくちょく白浦を訪ねていたころから、食の豊かさには感激を覚えていたという西村一家。
話し上手のご両人からは、いくつもの食に関する感動体験が語られた。
「魚の刺身を食べなかった息子が太刀魚の刺身を食べて感動した。」
「娘は蛸の足を食べて、その味が忘れられない。」
「横浜で魚の煮つけを料理する際には、臭い消しのためにやたら生姜が入っていた。こちらでは、ほとんどいらない。」
「向こうではピーマン、トマトは食べられなかったが、こちらに来てから食べられるようになった。」
作り話のようであるが、本当の話である。
これを伺って、逆に都会の人は普段どんなものを食べているのかと同情した次第である。
そんな食談義を進めている中、とても造詣が深くていらっしゃるようだったので、
「こちらでは、野菜作りでもしていらっしゃるのですか?」
と問うと、予想外の答えが買ってきた。
「横浜の知り合いたちから、家庭菜園をしているのかと聞かれることが多いけど、ここではあまりその必要はないと思います。私達はやりません。」という。
「田舎暮らし」=「農業に親しむ暮らし」というイメージが定着化している昨今、家庭菜園や本格的な就農はたいへん人気なのに。はてその心は?とお尋ねすると、見事にその理由を明かしていただいた。
地域の中で親戚や知り合い、お友達などいろいろな方とのつきあいがあるので、それぞれの方から、たいへん多くのお野菜やお魚をいただけるんだとか。それに、買い物に行っても、ものすごく安いのでわざわざ自分で作る必要がないとのことだった。
田舎暮らしのよさは互いが互いを助け合う相互扶助の精神がまだ残っていることだ。このおすそ分け文化もその良い例である。
西村家では、お野菜などをいただいた場合は、それを料理してお返しすることが多い。横浜風の調理法がこちらでは珍しく、料理を持っていくと、たいへん喜んでいただけるという。地域の中で良好な人間関係を築くことができれば、自分達だけでまかなう必要がないのだろう。
ちなみに、買い物に行く場所としては、「吉田きなはいや」や西予市にある「どんぶり館」がお気に入りという。地域の農海産品を扱った直販市はとても人気が高いスポットだ。

ウッドデッキにはゼラニウムの花

習慣の違い
さて、今ではすっかり地域に溶け込んでいる西村さんであるが、移住当初には、生活習慣の違いや文化の違いに戸惑うことは多かったという。
例えば、家を新築する際、棟上をしたときに「もちまき」をするのが風習であるが、そんな話は横浜では聞いたことがなかったこと。
地域では留守中でもあまり家に鍵をかけないこと。(鍵をかけていたら、「入れなかったじゃないか。」と言われたことがあるらしい(笑))※
このような、田舎ならではの習慣や、ちょっとお節介なくらいの「距離感の近さ」には、都会の方は慣れるのに時間が掛かることが多い。しかし、ご夫婦揃って、「白浦の人たちがとてもよくしてくれて非常に感謝している。」というように、地域の暖かい歓迎もあって、スムーズに地域に溶け込めているようだ。
移住生活を始めるときに、生活習慣を合わせられるだろうかと気にされる方も多いが、誠実な態度でいれば、相手もそうしてくれるし、わからないことがあれば聞けば親切に教えてくれるもの。あまり気にすることはないものである。

ご主人が作ったというヨットの模型
※防犯面で不安があるのではと思われるだろうが、近隣住民みな顔見知りなので不審な人がいるとすぐわかるため問題ない。

趣味を愉しむ悠々生活
まる3年が経った移住生活。吉田町の暮らしでは、趣味を愉しむ悠々とした生活を送られているようだ。お伺いした日にも、三間の毛利家で行われていたパッチワークの展示会に出かけていたというご夫婦。
車でお出かけになることが多いそうだが、こちらは都会のように車がせわしなく走っていないので、怖くなく、気安くいろいろと行きやすいとのこと。高速の車線が1本なので、間違えようがないらしい。(笑)
ご主人は、歴史や模型作りが趣味で、今は特に蛸獲りにはまっている。地域の蛸獲り名人に教えていただき、今では1人でもできるようになったのが嬉しいという。朝の散歩がてら湾内をぐるっと回って蛸がいないか探すんだとか。
一方、奥様が熱心に通っているのがテニスサークル。横浜でもテニス場へ通っていたが、そのときにかかっていた利用料と比べれば、格段にお手ごろという。よく、吉田公園のテニス場へ通われているそうだ。
また、夫婦揃ってはガーデニングをするのが楽しいそうだ。横浜時代にもよく花作りをしていたが、あちらでは冬に霜が降りるため部屋の中に入れなければいけない苦労があったという。こちらでは、よく育ってくれるので、作っても張り合いがあるとおっしゃっられた。

海面をじっくり見つめて蛸を探す

お庭では紫陽花が花盛り。雨露に濡れた花の美しさは格別

移住に対する考え方
ご夫妻にお話を伺って、印象に残る言葉があった。
「年代により心地よい生活環境があるはず。移住を固定的に捉えなくてよいと思う。」
こうおっしゃられるのには訳がある。西村家では吉田町の住まいを終の棲家と考えているわけではないというのだ。
西村家の人生プランはこうだ。
第一期 横浜 60歳まで
若く、働いてお金を稼がなくてはいけないときには、都会の方がよい
第二期 宇和島 60歳から80歳くらいまで(←現在はここ)
リタイヤしてのんびりした生活を愉しみたいなら田舎
第三期 横浜 終の棲家
体が弱ってきた時には、徒歩で病院や買い物に行ける都市部のマンションなどがいい。
お伺いした内容をまとめると、できれば80歳くらいまで、健康が保てる間は田舎での生活を楽しみたい。しかし、体が弱ってきて、どうしても回りに迷惑をかけざるをえなくなったとき、頼り切るわけではないが、息子さんや娘さんが近くにいて、医療施設などがすぐ近くにある横浜に戻るつもりであるということだ。
いきなり完全移住をして、新たな人生を始めるのは思い切った決心が必要であるし、不安な面も多い。移り住んだ先の水が合わなくて途方にくれるようなことは避けたいものだ。
そういったことを考えると、西村さんのように、第二期として長期滞在を愉しむという考え方は大いに参考になる。こういった余裕と慎重さを持って人生プランを立てていらっしゃるから、移住生活を不安なく、楽しく過ごしていらっしゃるのだろう。
ゆったりとした時の流れの中で過ごす20年計画のロングステイ。みなさんも、ぜひこういったゆったり生活を宇和島で楽しんでみてはいかがだろうか。

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宇和島市吉田町白浦(よしだちょうしろうら) |
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宇和島市の北部、法華津(ほけつ)湾沿岸。お隣の西予市に程近く、海沿いの穏やかな町。
宇和島駅から車で約25分。

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